現実と思い出の狭間で

とうとう大学の試験期間に突入してしまいました。いつも生徒さんには「いい成績を目指そうね」と言って一緒に頑張っているのに、自分のこととなると、成績よりも「まずは単位」という情けない精神状態になってしまいます。やはり一人で頑張るのは辛いですね。学部やサークルの友人や先輩が気にかけていてくれなければ、勉強が難しくて逃げ出していると思います。

振り返ってみると、自分の場合、昔から周りの人がすごく助けてくれたから今があるんだなとしみじみ思います。部活一筋でテストは一夜漬けという、まさに絵に描いたような中学生像だった私。受験期に偏差値を25近く上げられたのは、好きな人と同じ高校に通いたいというちょっぴり淡い恋心から…というのも本当なんですが(笑)、何よりも家族のサポートや先生の応援、そしてともに頑張る友人たちがいたからでした。どれが欠けても今の私はないわけで、そして今でも周りの人たちに支えてもらって、なんとか大学生をやっています。

今は私が先生となって生徒さんをサポートする立場です。部活熱心で、優しい大好きな友達や家族に囲まれている生徒さんを見ていると、昔の自分と重なる面が多々あります。だからこそ、勉強よりも楽しいことがたくさんあって、勉強を後回しにしてしまう生徒さんの気持ちも分かります。だけど私がみんなに教えてもらったのは、勉強もそれに劣らず楽しいものだということ。辛さを乗り越えると、ふっと楽しくなる瞬間が来るんです。その瞬間を生徒さんもきっと何度か体験してくれていることと思います。その魅力に気付いてくれるように自分がもっと伝えていかないといけませんね。難しいけど素敵なお仕事です。

さて、過去を振り返ると、今の自分も頑張らないとって気持ちになりますね。

また今から試験勉強頑張ってきます!!!!

英語の発音

英語の時間を授業に取り込んでから2ヶ月が経ちました。年末に英語の歌のCDを2枚プレゼントしてから、よく聴いてくれているそうで何より楽しんでくれてるのが嬉しいです。

まだまだアルファベットの書きや読みは難しいけど、発音がめちゃくちゃ滑らかです。小学生のその吸収力、本当に羨ましいです。

4月から中学校ということもあって、新しい環境にも勉強内容にも不安があるなか、精神的にじょじょに成長していくのが目に見えてわかります。残り2ヶ月、できるところまで共にやっていこうと思います。

私事ですが、趣味のお菓子作りと珈琲が高じて来月東京で一晩だけ出張喫茶することになりました。いやはや嬉しい限りです。

クリクラ part3

臨床実習も昨年の11月から眼科や皮膚科のようなマイナーな科を1週間で回る期間に入ってきました。

産婦人科もいわゆる「マイナー」と呼ばれる科のひとつです。婦人科には子宮癌や卵巣癌といった悪性疾患の患者さんが入院されていますが、産科はみなさんおなかの大きな妊婦さんです。大学病院ということもあり、必ずしも簡単に分娩できる人ばかりではありませんが、大半の方は無事赤ちゃんを産んで家に帰られます。

先日お産を見学させていただきました。高齢出産などの理由から帝王切開になったのですが、やはり赤ちゃんが出てきた時の泣き声を聞くと感動してしまいます。母子ともに健康で赤ちゃんと対面したときの嬉しそうなお母さんの声は忘れられません。産婦人科医冥利に尽きる瞬間なんだろうなと思いました。

将来については未定の点も多いのですが、患者さんに少しでも喜んでもらえるような医師に一歩ずつ近づいていきたいと思います。

家庭学習との連携

担当する小5の生徒さんが受験をすることになってから、よく悩まされるのが、家庭学習のさじ加減です。今、ご家庭には週に2回伺っていますが、どうしても一回90分の授業の中では、基本的な計算などの問題数をこなす時間がとれません。

そこで、家庭でも少しずつ学習を進めてもらっているのですが、これがなかなか上手くは行きません。スムーズに学習に取り組めることが少なく、いつも喧嘩のようになってしまい、解けるはずの問題も解けなくなってしまうそうです。集中力のあるときは頭の回転も速く、難しめの問題も解けてしまう子なので、とても勿体ないなあと思います。しかも解けないとまたそのことがストレスになり、悪循環に陥ってしまうようなので、最近は解けなかったものは私の授業で補い、無理はしない、ということにしています。

私の方では、最近は文章題ばかりに取り組んでいるので、お母様から家庭学習の様子を聞くと、授業では気がつかなかったところに気付かされ、逆にやるべきこと、授業の方針を立てやすくなります。受験に向けて、無理のない範囲で家庭学習を進めてもらい、私の授業と上手く連携させて相互に補いあえるように、ご家庭とよく話し合っていくことが大事だなと、強く実感します。

Nature or nurture?

大学に入ると受験期よりも時間に余裕ができ、友達と何時間も議論を戦わせることがあります。

最近した議論が、Nature or nurture? 生まれか育ちか、というものでした。
この議論は20世紀初頭に幅を利かせた優生学にも直接つながる少々こわいテーマですが、もっと身近なところで考えてみましょう。

そもそも私たちが生まれ、つまり遺伝子について考えることがそんなに重要なのでしょうか?
例えば、勉強をする上で、いくら勉強してもあいつにはかなわないということがあります。しかし、これを生まれの差に帰することができるでしょうか?

確かに遺伝子にほとんど差がないというわけではありません。ヒトの遺伝子の個人差は0.1%と言います。ヒトとチンパンジーの遺伝子の差がわずか3.9%ほどですから、個人差も小さいとは言えません。

しかし、勉強をいくらやっても追いつけないとき、生まれのせいにするのではなく、その後の環境や自分の適応・努力に帰するのはどうでしょうか?私が今からいくら努力しても長友や錦織のようなプレーヤーにはなれないかもしれません。このことを、生まれつきだと考えずに、自分にそういった環境が整っておらず、サッカーやテニスに対して努力を払ってこなかったからだと考えるのはどうでしょうか?

うまくいかないことをいつも生まれのせいにしていたら、何だか仕方ないような気分になってそれ以上の努力をやめてしまうような気がします。「生まれ」はどうしたって変えられませんが、努力している、もしくは怠けている今現在が、次の瞬間には「育ち」の一部となっているのです。だったら、「生まれ」なんて考えはちょっと忘れて「育ち」をよりよいものとする努力をしようじゃありませんか!

なかなか考えがまとまらず、かなりごまかしたような結びとなってしまいましたが、要するに、各人が今この時を大切に生きることに意味があると思うのです。遺伝病を持って生まれた人だって、その時を大切に生きて思いっきり輝くことができるのです。

それでも、いくら努力してもどうしてもうまくいかなくて、やる瀬ないとき、そのときのために「生まれ」って考えはとっときましょう。ご先祖様が慰めてくれるでしょう。

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