らび(臨床心理) さんの投稿記事
つい最近、東福寺の光明院に行きました。
なにか考えたい事があるとき、何か気持ちの整理をしたいときに行きます。
庭にランダムに岩がぼっこぼっこと置いてある、シュールなお庭です。
過去・現在・未来がそこには表現されているのだと言います。
穴場なので、小一時間ぼーっとするにはとてもいい場所です。
色々考えようと思ってそこに行ったのですが・・・・・・行ってみたら何にも考えられませんでした(笑)
というよりも、“考えなくたっていいんだよ”っていう空気があったというか。
毎日あれやこれやと考えては頭がいっぱいになってしまう自分。
でも、そんな人って多いんじゃないかなーなんていう風にも思います。
たまにはなーんにも考えない時間ていうのが大切かもしれない・・・ですね。
それが結構難しいんですけどねー(笑)”
2009年10月31日 |
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らび(臨床心理)
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「そんなことしちゃだめでしょ!!」
って叱ってしまうこと、ありませんか?
でも、まだまだ小さい子や発達障害のあるお子さんにとって「そんなこと」というのはとてもわかりづらいのだそうです。
「そんなこと」の中身をしっかり具体的に言ってあげることがとても大切です。
お友達のえんぴつを取ってしまった子がいたら「そんなことしちゃだめでしょ!!」ではなく「○○君のえんぴつ取ったら、○○君悲しいんじゃないかな?だから取ったりしたらだめなんだよ。」と、ちょおっと長いですが、噛み砕いて「なぜだめなのか」をちゃんと言ってあげる必要があるのだそうです。
これは私がとある先生から指導いただいたことなのですが、実際に小さな子や発達障害のあるお子さんと関わる中で、このことは本当だなと実感することが沢山ありました。
具体的に言ってあげることで、自分がどう悪かったのかを見つめさせてあげることができる。
逆を言うなら、具体的によかったところを言ってあげるのもいいのかもしれないですね。
2009年10月1日 |
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らび(臨床心理)
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今一緒に勉強している子どもさんとは、出会ってから半年が経ちました。
はじめのころは何をどうしていくことがこの子どもさんのためになるのか考えて、上手くいったりいかなかったりの中で自分も気持ちが上がったり落ちたりの繰り返しでした。
さて。
今でもそれは変わっていません。
毎回毎回様々なことが起きて、何も起こらないことすらある意味一つの結果で。
それまでは良かれとやっていたことが、あるときに突然拒絶されたり。
悩み悩みいた部分が案外あっさりと達成できてしまったり。
きっと、ワタシが感じているそんなジェットコースター感は、子どもさんにとっても同じなのではないかと思えます。
ふり幅の大きな日々を過ごしながら、それでも時間が経っていくように。
少しずつ少しずつ、一緒に悩んで、道草を食ったりお昼寝したりしながら、あるときはダッシュしてみたりしながらやっていきたいなって、そんな風に思っています。
先生だって一人の未熟な人間で、ちょっとしたことに崩れそうになりながら毎日を過ごして。
これからもよろしくね。
2009年8月31日 |
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らび(臨床心理)
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本気でぶつかること
それは発達障害の子どもさんたちにも論外ではないことです。
むしろ、こちらが“本気”でなければ伝わらないもの、
本気であるからこそ伝わるものの大きさというもの、
それを教えてくれたのは、発達障害のお子さん達でした。
本気で向き合えなかったときは、
いつも後ですっきりしない感覚になりました。
本気で全力で向き合えたときは、
何にも変えがたい何かを手にしたような感覚でした。
いつもこちらが生きていくということを教えてもらっているように思います。
私と出会ってくれてありがとう、
いつもそんな気持ちになります。
私にできることを、ずっと探していきたいです。
2009年8月1日 |
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らび(臨床心理)
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“アウトサイダーアート”という言葉・・・おそらく耳に馴染まない人が多いと思います。
1970年代フランスで生まれた「アール・ブリュット(生の芸術)」という芸術理念が、英語で紹介されたときの呼び名になります。
そもそもアール・ブリュットって???というところですよね 
多くは精神病の方、知的障害の方などの生み出す芸術作品を指して言われることが多いです。
山下清もその日本の代表格と言われています。
創り手それぞれの独特の世界観、タッチ、色使い、モノの見方・・・ワタシはその作品が持つエネルギーというか、そこに帯びている創り手そのものの熱を感じることが多いなァと感じています。そして、そんな作品を見るのが好きです。
ワタシの身近にも小さなアウトサイダーアーティストがいましたよ 
「雨」という漢字を書く勉強をしていたとき、その小さな芸術家は、「雨」という漢字の中の点々を雨粒に描き換えて練習していました。それも、8つの点々どころではなく、土砂降りでした(笑)
思わず「ほんま、これぞ雨やなァ。」と感心してしまいました。
その小さな芸術家は友達と上手く遊べなかったり、教室でじっと座っていられなかったり、みんなと同じことができなかったりしました。
でも、その「雨」の字がいつかこの子の強みになっていくと信じて、一緒に成長していこうとワタシ自身が心に誓ったことをよく覚えています。
アウトサイダーアート・・・そんな大それた名前はいらないのかもしれないけれど、ぜひ多くの人に触れてもらいたい世界だと思います。
2009年6月29日 |
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