えだ(京大教育) さんの投稿記事

ひとりひとり、それぞれ

現在、シリウスやボランティア、バイトで多くの子どもさんとかかわらせてもらっています。その全員が「小学2年生」であることに、すごくご縁を感じています。シリウスや療育ボランティアでは自閉症や学習障害を抱える子どもさんと、去年の夏まで行っていた小学校では公立学校に在籍する子どもさんと、バイト先(中学受験の塾)では将来のお受験を控えた子どもさんと・・・

本当に、一人ひとり様々です。それぞれが、それぞれの生まれ持った個性に時には苦しみながら、時にはそれを輝かせながら、一生懸命に生きているのだなぁと実感します。

障害を抱えている、受験を目指している、一人ひとりが生きている人生は様々ですが、それぞれが今を悩みながら、楽しみながら生きている姿に、「ひとりひとり、それぞれ」だなぁと、当たり前のことを思う今日この頃です。

自分の気持ちをありのままに

子どもから「どうしてこんなひどいことするのだろう」と思うようなかかわりを受けたこと、ありませんか?

ボランティアや実習などでたびたび子どもとかかわってきて、まるで「全否定」を突きつけられたような一方的なかかわりを向けられたことがあります。そんなとき、受け入れなきゃと思いながらも、とても腹が立ったり怖かったり、なかなか自分の気持ちに収まりがつかず、次回が重たくのしかかることがありました。

「どうして」と思いながら気づいたことは、わたしはその子から「気持ちが離れている」ということでした。気持ちが離れているなら、相手は一方的にならざるを得ない。激しいかかわりを持たせてしまっていたのは、わたしのほうだと気づいたのです。

それからは、受け入れなければと思うばかりでなく、怖い気持ちや苛立ちなども全部、自分の気持ちを素直に認め、きちんとこたえていくようにすると、自然とキャッチボールができるようになりました。

自分の気持ちをありのまま感じとり、素直であること、そうすることで、相手との自然なかかわりが開かれていくのだと実感しました。

関係がひらかれること

気づけばもう12月なんですね。

今年も月日の流れが特に「早かった」とは思わないのですが、それでも今日が12月25日だということを意識すると、振り返れば12ヶ月もたったのだなぁと、しみじみそう思います。

もうすぐ2009年も終わりですね。今年最後の投稿になるので、子どもさんとかかわって1番うれしかったことを書こうと思います。

わたしは、たまに呼ばれるときは決まって「おねえさん」と呼ばれています。女のひと相手なら、誰に対しても「おねえさん」みたいです。

しかし、あるとき、その子がよく口にしていた「ホッタラケの島」に対して「そやね、はるか(主人公)やね」と答えていたところ、その子はとても真剣な目でわたしを見ながら「ん!ん!」とわたしを指差していました。

はっとしました。一瞬、すべてが停止、そのあとは感動でいっぱいになりました。その子は主人公の名前ではなく、「わたしの名前」を知りたがっていたのでした。名前を答えると、初めて「えりせんせい」呼んでくれました。

それが、初めてわたし自身に対して向けられた気持ち、わたしを一人の相手として感じてくれたときだったように思います。

いくらこちらからかかわろうとしても、なかなかその気持ちは通じず、時には落ち込んだり、途方にくれたり、悲しかったり・・・関係を結ぶことは本当に難しいです。しかし、何気ない瞬間にそれは訪れることもあるのです、しかも相手から。いちど呼んでくれたからと言って、それから先はもう安心・・・というわけではありませんが、かかわりを求めてくれているその瞬間を離さぬよう、つなぎとめられるよう、誠実な姿勢で向き合いたいという気持ちになるのです。

数の理解・・・って?

数字、数、かず、・・・

今となっては、私たちにはあまりにも当たり前すぎて、その理解がどんなふうにすすんでいったのか、まったく思い出せません。

数を知らないって、どういうことなんでしょう?

あるいは、自閉症の方たちの自伝なんかを読むと、数が顔に見えたり、動き出したり、カラフルに色づけされていたり・・・わたしたちなんかよりずっと豊かな数の世界が広がっているのかもしれません。

でも今回は、数の理解を認知発達的に捉えた本の紹介です。

『認知心理学からみた数の理解』 吉田甫・多鹿秀継<編著>北大路書房,1995

数の理解とはいったい何なのか、どのような発達段階をたどるのか、さまざまな学説を分かりやすく紹介してくれています。

発達障害のお子さんをみていると、思わぬところでつまずいていることも多く、スモールステップで理解を進めていくことがとても大切なように思います。しかし、数の理解なんて、私たちには体に染み付いているものだから余計分かりにくいですよね。そのようなときに、数の理解はどのようにしてすすんでいくのか、その指標を持つことはひとつの道しるべになるのではないかと思います。

*発達障害のお子さんがどのような数の理解をたどるのか、定型発達のお子さんと同じかどうかは分からないところも多いので、あくまでも参考に・・・ですね。

当事者が語る自閉症=わたし自身

自閉症とはどのようなものなのでしょうか?

これに答えることはとても難しいことですし、専門家の間でも様々な議論が見受けられ、いったい何を信じたら良いのかわからなくなります。

そのようなときに、自閉症当事者のかたのことばに耳を傾けることは、わたしたちにひとつの道しるべを与えてくれるのではないでしょうか?

『自閉っ子、こういう風にできてます!』(花風社)では、自閉症スペクトラムの当事者、ニキ・リンコさんと藤家寛子さんが、ご自身の感じ方や体験を語っておられます。

この本で面白いのは、「わたしはわたし自身をどのように感じている・思っているのか?」という視点から語られていることです。当事者の方たちにとって、「自閉症とは何ですか?」と聞いてみても、きっと「?」と思うでしょう。彼らにとっては自閉症であるということはまさに彼ら自身のことなのであり、それを語ることはとても難しいことです。(わたしたち健常者が「健常者って何?」と聞かれても、それに答えるのに戸惑うのと同じです。)だから、自閉症ということをいったん横において、「わたしはこういう風に感じてるんだけど」と、自分自身の感じ方・考え方を素直に語っていることで、かえってその人自身の「生身」の姿が見えてきます。

理論をいったん横において、目の前の人が語ることば・行動をじっくりと見てみる。そこから、新たな自閉症についての理解が得られるかもしれません。

2010年3月
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えだ(京大教育)
出身校は高松高校です。 学部は教育で、教育心理学系に所属しています。

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