えだ(京大教育) さんの投稿記事

「甘え」を受けとめること

誰かに甘えたいときって、誰にでもありますよね。不安なとき、寂しいとき、落ち着かないとき・・・内にあるものをひとりでは抑えきれない、どうしようもなくなったとき、誰かに自分の存在まるごとすっぽり、抱えてほしいと求めること、そのなかで感じる「大丈夫」だという実感。「甘えん坊」「甘ったれ」なんていう言葉もありますが、「甘え」って、その後ろには抱えきれないおおきな不安がある事だと思うと、ちゃんと受けとめたいって気持ちになります。

「甘え」とは、子どもの気持ちを受け止め、ともに体験し、ともに成長してゆくこと。けっして「しょうがない」ものでも「弱さ」だけでもないと思うのです。

では、「甘やかし」とは何でしょうか?「甘え」が子どもの発達を妨げるとしたら、その原因はどこにあるのでしょうか・・・?

それは、子どもではなく、かかわる私たちにあるのです。たとえば子どもが何でもかんでも買ってほしいというとき、それをすべてかなえるとしたら、これは甘やかしでしょうか?買う・買わないが問題となるのではありません。考えなければならないことは、「なぜ買ってあげようと思うのか」と、私たち自身の気持ちと向き合うことです。それが、子どもにとって本当に必要なことなら、これは甘やかしではないでしょう。しかし「買ってあげないと、この子があばれちゃうしな」という気持ちからだとすれば、これは甘やかしになると思います。知らず知らずのうちに、その子の抱えている問題から目を背け、自分たちの扱いやすさを基準にして考えること、「甘えん坊」と子どもの原因にしてしまうこと・・・日々の子どもたちとのかかわりを思うと、はっとさせられるものがあります。

「甘え」とは「与えるもの」ではなく、「受けとめるもの」。どのような気持ちで目の前の子どもが私にかかわってきているのか、それに対してどう向き合っていくのか、日々格闘中です。

松尾恒子(1996):母子関係の臨床心理ー甘えの中の子育て考ー 日本評論社

視線を支えるもの

この間、視覚トレーナーをされている方のお話を聞く機会がありました。

“良い眼”っていったいなんでしょう?その先生は、「良い眼とは、2つの眼が協調すること」とおっしゃっていました。人間の眼は、左と右、2つあります。2つあるのに像がバラバラに見えないのは、2つの眼が筋肉でつながっていて、その筋肉が2つの眼を協調させているからなのです。これはつまり、本来なら左と右それぞれの眼による見えがあるわけですが、それをひとつにしているので、実はすごーく“不自然”なことなのです。不自然だから、眼の中は圧力が高くて緊張状態。でも、脳は視覚のブレがないからよく働く。私たちが“自然”と感じているのは、脳の錯覚なのです。

当たり前のような話ですが、実はこの2つの眼をつなぎあわせるということに、「こころ」が大きくかかわっているのです。気持ちがゆったりしているときは、筋肉がほぐれてからだの緊張が緩みます。焦っているときは筋肉が緊張して、何をやってもからだがぎこちない、ってこと、よくありますよね。左右の眼をつなぐ筋肉も同じです。「見たくない」と思うとき、からだは縮こまり、筋肉は萎縮し、視線は落ち込みがちです。「見たい」と思うとき、体は伸びやかになり、筋肉は緩み、視線は遠くへ飛んでいきます。私たちの「見え」や視線を支えているものは、からだの自然なメカニズムだけではなくて、「こころ」も深くかかわっているのです。

自閉症の子とかかわっているとき、視線は合うのに「届いてこない」ということ、ありませんか?そこには、その子の「不安な気持ち」が潜んでいるのかもしれません。眼の中は高い圧力、筋肉は緊張してからだはこわばっている・・・大変な状態です。「ぼぉーっ」としているのではないのです。ともすれば見過ごされがちな視線のなかに、その子が今どんな状態なのか、多くのメッセージが詰まっているのかもしれません。視線を支えるもの、どんな「気持ち」なのか、しっかりと感じ取っていきたいものです。

同じ地平で

子どもの遊びの世界って、本当に豊かで新鮮さあふれています。同じ生活空間のはずなのに、もうファンタジーの世界が広がっている。子どもたちが見せてくれる、小さくて大切な物語。

自閉症の子どもたちの世界は、どうなのでしょうか?

このまえ、ドラキュラになりきった子どもと遊んでいるとき、「がぶっ!」と肩や腕に噛み付かれちゃいました。そんな時、その子は、まさにドラキュラ。真剣に噛む小さな歯からは、待ったなしの現実世界のなかで、必死に自分の小さな世界を築こうとしていることが伝わってきます。痛い、でも、同じものを共有する相手として、選んでくれた。それだけで、痛みそのものが「つながり」に思えてくる。そんな関係って、すごく不思議です。

ファンタジーではなく、現実の、同じ地平で。それを私たちが共有できたとき、2人の世界は新たな地平で開かれるのだろうと思います。

ひとりひとり、それぞれ

現在、シリウスやボランティア、バイトで多くの子どもさんとかかわらせてもらっています。その全員が「小学2年生」であることに、すごくご縁を感じています。シリウスや療育ボランティアでは自閉症や学習障害を抱える子どもさんと、去年の夏まで行っていた小学校では公立学校に在籍する子どもさんと、バイト先(中学受験の塾)では将来のお受験を控えた子どもさんと・・・

本当に、一人ひとり様々です。それぞれが、それぞれの生まれ持った個性に時には苦しみながら、時にはそれを輝かせながら、一生懸命に生きているのだなぁと実感します。

障害を抱えている、受験を目指している、一人ひとりが生きている人生は様々ですが、それぞれが今を悩みながら、楽しみながら生きている姿に、「ひとりひとり、それぞれ」だなぁと、当たり前のことを思う今日この頃です。

自分の気持ちをありのままに

子どもから「どうしてこんなひどいことするのだろう」と思うようなかかわりを受けたこと、ありませんか?

ボランティアや実習などでたびたび子どもとかかわってきて、まるで「全否定」を突きつけられたような一方的なかかわりを向けられたことがあります。そんなとき、受け入れなきゃと思いながらも、とても腹が立ったり怖かったり、なかなか自分の気持ちに収まりがつかず、次回が重たくのしかかることがありました。

「どうして」と思いながら気づいたことは、わたしはその子から「気持ちが離れている」ということでした。気持ちが離れているなら、相手は一方的にならざるを得ない。激しいかかわりを持たせてしまっていたのは、わたしのほうだと気づいたのです。

それからは、受け入れなければと思うばかりでなく、怖い気持ちや苛立ちなども全部、自分の気持ちを素直に認め、きちんとこたえていくようにすると、自然とキャッチボールができるようになりました。

自分の気持ちをありのまま感じとり、素直であること、そうすることで、相手との自然なかかわりが開かれていくのだと実感しました。

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えだ(京大教育)
出身校は高松高校です。 学部は教育で、教育心理学系に所属しています。

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