はち(京大教育) さんの投稿記事

喧騒を離れて・・・

先日、岩屋山志明院というお寺へ行ってきました。自転車で鴨川の西側をずうっと遡って、山の中に入り、行きつくところまで行くと、このお寺があります。大好きな場所で、今回で訪れるのは3回目です。行くたびに、いつも心を洗われるような、澄んだ気持ちになって帰ってきます。

山奥にはまだまだ雪が残っていて、腰より上まで積っているところもありました。圧倒的な静寂の中で、普段街中では埋もれてしまっているような風のざわめきや鳥の声が、豊かに自分の中に入ってきます。ここでぼーっとしていると、普段自分が頭を抱えて悩んでいることや、イライラしていることが、本当に小さなことのように感じられます。時間もいつもとは違って、なんだかゆっくりと、自分と共に流れてくれるようです。

たまには、日常の喧騒を離れてこんな空間に行ってみるのも、良いのではないでしょうか。

関係の変化

日々を過ごす中で、よく感じることがあります。それは、人と人との関係の変化です。日々を過ごす中でも、家庭教師として生徒さんに接する中でも、感じます。

何かがきっかけで大きく変わることもあれば、ちょっとした言葉で、少しずつ変わっていくこともあります。また、上下だったものが、逆転することもあります。変化の種類も、距離が近づいたり離れたり、上下の関係が逆転したり、様々です。もちろん、変化することが良いこともあれば悪いこともあります。その変化というのは、その人の個性、人間、が大きく関わっていて、簡単に評価できるものではありません。

ただ私は、こういった変化に敏感でありたいなあと思っています。友達にしろ、生徒さんにしろ、自分自身との関わりの中で、距離や上下が変化していく。とても興味深くて面白いと感じます。相手の心や、自分の心に起る変化だけでなく、2人の変化というものを感じ取ることで、一緒に何かを築いていけるのではないでしょうか。なかなか難しいことではありますが、変化を楽しみながら、日々感性を磨いていきたいと思います。

新しいスタート

こんにちは、教育学部のはちです。

私は大学に入ってからずっと体育会の運動部に入っていたのですが、つい先日、引退しました。部活には、それを自分の生活の軸にしているといっても過言ではないくらい打ち込んでいたので、やめた今、安心感や寂しさなど、複雑な気持ちでいっぱいです。部活は正直に言うと、楽しいことや嬉しいことよりも辛いことのほうが多かったのですが、それだけ自分自身を見つめなおす機会になったのではないかと思っています。

人間対人間として生徒さんにかかわっていく以上、私自身の成長や今現在の心の持ち方は生徒さんと一緒に歩んでいく上でとても重要だと常々感じています。

部活で学んできた色々なことを背負って、また色々な目標に向かって新たにスタートをきっていきたいです。その中で、自分の持っているものを最大限に生徒さんに伝えていければ良いな、と思います。

「出会い」の場

こんにちは、教育学部のはちです。

以前にも書きましたが、私は今、不登校の中2の女の子を担当させていただいています。7月に初めて出会い、早くも4カ月目になりました。

恐らく生徒さんは今、学校のこと、自分自身のことについて、色々としんどいものを抱えていると思います。そのなかで、私が「家庭教師」という立場で関わっていくことの意味を、日々考えています。毎回会いに行って、勉強に取り組むこともあれば、取り組まないこともあります。家庭教師として、やはり「勉強をしなくては」という気持ちがあるのはもちろんです。しかし、私は、勉強をするというそれ自身よりも、もっと根本的で大切なものがあるのではないかと感じています。

それは、毎回の授業で私が会いに行くということで、そこに新たな「出会い」があるということです。私は、生徒さんの知らないことをいっぱい知っていますし、違った考えをもっていますし、違った生活をしています。逆に生徒さんの方も、私の知らないことを知っていたり、私とは違う考え方をしていたり、色々なものをもっています。そして、2人ともが共有している気持ちや考えもまた、あると思います。

私は、私と生徒さんが会うことで、お互いのもつ違ったものや、同じものに「出会える」のではないかと思っています。そして、そうして他者と「出会う」ことで、自分自身の中のわからなかった部分がわかってきたり、もやもやしたものが整理できたりするのではないかと思います。

これからも、私自身、生徒さんと一緒に過ごすことで、様々なものに「出会って」いきたいと思っています。

教えることの難しさ

私は小学校4年生の、アスペルガーの診断を受けている男の子の指導をしているのですが、最近本当に自分の力の未熟さを感じます。私の生徒さんは文章題が苦手で、取り組むこと自体にストレスを感じてしまうようです。気分が乗った時にはスラスラと解け、こちらがびっくりするほどなのですが、疲れているときや気分が乗らないときは、どうしても嫌だと言い張って問題さえ読まないことがあります。

そんなときは色々と話をしながらなんとかやってもらおうとするのですが、その中で私自身、勉強って一体なんなのだろう、ただ子供を思い通りに動かしたいだけではないのか、と葛藤してしまうことがあります。勉強は、将来その子が自分自身で進む道を決めていくときに例え直接的でないにしろ何か糧になるものだと思います。しかしその一方で、子供を大人のものさしで測って拘束するのが果たしていいことなのだろうか、と迷ってしまいます。

このように揺れ動いてしまうこと自体、なんだかとても未熟だなあと感じます。

2012年5月
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