kuriken(京大教育) さんの投稿記事

歴史の詰まった通勤路

通勤路。

とはいっても、私が家庭教師として生徒の家にまで行く道のこと。

大学から西南方向へと対角線を伸ばした先に私の生徒の家がある。

私は、荒神橋を渡って、鴨川を越え、京都御苑の中を突っ切り、

蛤御門から烏丸に出て、京都府庁周辺を通って、二条城へ出る。

そこから自転車ですこし進めば、目的地に着く。

もう通いだしてから4ヶ月になるが、行きかたも色々と

変えることもできるし、少しも飽きることがない。

湯川秀樹の通学路の荒神橋。紫式部の邸宅の前を通って、京都御所を通過。

あの蛤御門をくぐって、たまには妖怪通りの一条通を走ってみたり、

急に福井藩邸が現れたり、などなど。

毎回毎回、発見がある。

私が通るこの道を、過去の歴史上の人物もきっと歩いていたに違いない。

そんなことを思ってみると、なんだかわくわくしてくる。

そんな歴史が何層にも折り重なった道を私は自転車で走りながら

家庭教師に行っているのである。

生徒の家までの時間は私にとって、ちょっとしたタイムスリップの冒険である。

子どもにお疲れ様

子どもが、あまりにも勉強したくないんだろうな~と思わせる

そういった態度をとることがある。

そんなとき、気持ちも入らないから効率だって悪いはずだ。

だから、休憩を入れてみたり、別に休憩とは言わなくても、

他愛もない話をしてみたりする。

話をするうちに、また子どもはひとりでに勉強に戻っていく。

でも、そうならない日もある。だから、思い切って、

「もう勉強やめようか」とあっさり言ってみる。

すると、どこか気まずそうに「なんで~~」と言ってくる。

子どもは、正直言えば、勉強なんかしたくないと思ってることが多い。

私もそうだった。でも、親や兄弟の顔がちらちら浮かんでは、

やっぱりやらなければいけないんだと、自分に言い聞かせるようにして

また勉強に向かう。でも気持ちが入らない。

そんな感じで葛藤する子どもが世の中には結構いるのではないか。

そういう姿を見る度に、「勉強」という言葉がなにかとてつもなく

冷たい感じの、人間味のない言葉のように思えてくる。

よく言われることだが、「勉強」ではなくて、「学び」の境地にまでなんとか

子どもには到達してもらいたい。

他にも楽しいことはいっぱいあるけど、これもまあやったらやったで

楽しいところもあるやん!

そんな心持ちで、学習に取り組むことができれば、文句なしだ。

そこまでの道のりを共に歩んでいくのが、私の仕事なのかもしれない。

子どもの質問・疑問

子どもの質問や疑問にときどき驚かされることがある。

というのも、その質問がすごく「ものの本質」をついているからだ。

思えば自分は、案外長いこと、「そういうものだから」ということで

深く問わないできたものだと思ってしまう。

だからこそ、子どもの質問を聴いていると、

「あ~確かに、なんでなんやろ?」という気にさせられる。

だからこそ、子どもの質問にはやはり真面目に向き合うだけの

価値があるのだ、とこれまでにも多くの人が言っているところである。

ただ問題なのは、このような疑問が子どもから出される、その状況だ。

子どもはまさに「思いついたまま」に質問を並べ立てる。

そういう意味では、問いを立てる能力や不思議に思う力は、

子どもに特有なのかもしれない。でも、それが「思いつき」なだけに

その問い自体が、子どもにとって忘れ去られていることもまた事実である。

あるいは、問いを立て続けることで、今やるべき勉強から話を逸らせて

いるのかもしれない、など色々な状況が考えられる。

こちらが質問の本質性を認識し、それに応えようと努力しても、

当の本人は忘れているのでは、どうしようもない。

あるいは、子どもの問いが、根本的な問いであるだけに、高度な思考力を

要することだってある。だからそれにひとつひとつ丁寧に答えて、あるいは

答えにたどり着かせようとしても、小学生にとっては、あまりに難しすぎる

ことだってある。

こう考えてくると、子どもの質問や疑問というのは、まことに扱いづらい

と言わざるを得なくなる。それでも何が重要なのか、

何が今この状況において必要なのかを、指導する側が臨機応変に

取捨選択していかなくてはいけないのだろう。

そんなことを指導しながらつくづく感じてしまった。

「やる気」にさせる

今回、はじめて投稿します。

ちょうど6月から、この家庭教師をはじめ、今は小学校5年生の

男の子を担当しています。

久しぶりに、人に何かを教えることになったので、

最初の1ヶ月目ということもあって、かなり手探りな状態でした。

私の中で何が一番引っかかったのかというと、それは「やる気」

の問題でした。

生徒に「やる気」を出してもらう条件として、やっぱり生徒との相性は

必要条件だと思います。だがしかし、それだけでは十分ではないの

かもしれません。

ならば、すぐに「はよ、問題やりや!」とか「勉強し~や」などと

頭ごなしに言ってみても、それは芸のないことであるうえに、

子どもはこれまでに大人から何回も言われてきてるだけに、

「またか」という感じになるかもしれません。

こういう風に考えてみると、子どもの「やる気」を引き出す

とは、ものすごく難しいことだと改めて気付かされます。

そしてまた子どもが勉強に向き合える環境が整っているかどうか

ということもかなり重要なファクターになってきます。

ということで、これがこの1ヶ月の指導を通して「やる気」について

考えてみたことですが、結論としては、全体の方向性を示しながら

はじめのうちは、その方向性から外れない程度に、見守る。

話をたくさん聴いて、コミュニケーションを深め、信頼関係を構築する。

その徹底化の先に、おそらく、やっと子どもの「やる気」を引き出す

糸口が見えてくるのかもしれません。

指導とは、「待つ」ということかもしれませんね。

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kuriken(京大教育)
京都大学教育学部所属、逗子開成高校出身。

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