教育・受験関係の話題

短い時間を大切に

今日から9月。夏休みに計画通り勉強できた方も、思ったほど勉強できなかった方も、新たな気持ちで頑張る良い機会です。

と書きましたが、まだ塾の新学期の授業が始まっていない、学校の宿題も少ないという人もいるかもしれません。そういう人は、本格スタートまでの期間に夏休みやり残したことや、夏期講習の復習などに取り組んでください。短い間ですが、ちょっとした時間を無駄にしないことが大切です。

私は、中学・高校時代、通学に片道1時間半かかりました。受験生だった私は、電車の中・駅の待ち時間を英語・古文単語の暗記にあてることにしました。古文単語は家でやらずとも、毎日通学時間に見ていると、一冊分覚えることができました。

少し自慢話になってしまいましたが、時間がない!と思っている人は、すきまの時間を無駄にしていないか、少し見直してみましょう。そして持ち歩きやすい暗記ものの本などを、取り出しやすいところに置いておきましょう。電車が来るまでにこのページを覚えてやる!と集中して取り組むと、短い時間だけに集中して覚えられますよ。ぜひ試してみてください。

出題者のきもち

レポートを書く時においても、試験を解くときにおいても大事なのは「題者が何を求めているのか」を常に考えることです。

正しいことを書いているのに求められている答えと違うことを書くと、もちろん0点になってしまいます。

非常にもったいないですよね。

最近の学生はそういう出題者の意図を無視して答案またはレポートを書く人が多いそうです。

問題を解く前に出題者の気持ちをちょっと考えてみてください。

そのわずかな差が志望校合格、成績アップにつながるはずですよ!

世界の学生事情 其の1 -大学入試編-

受験の天王山、夏休みがいよいよ始まりました。
大学入試は点数が全て!1点の差で合否が分かれるのが入試の世界。
厳しいようだけれどそれが常識・・・

だと、つい最近まで思っていました。世界の入試事情を知るまでは。
”大学入試は、試験の成績で厳正に合否を判定する”
日本では常識のこんなことさえ、実は世界的に見ると「変わった」風習でさえあったのです。
今回は、日本とは違う海外の入試事情を取り上げます。
———
アメリカ
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自由と公正の国、アメリカ。
いろいろな差別・不平等について世界で一番敏感な国ですから、
さぞかし大学入試も公平な制度なのだろう・・・と思いきや。
到底日本では考えられないような制度を数多く採用しています。

1.レガシー制度
もし日本で、
「この子は〇〇議員の息子ですから、どうか入学させて下さい」
などと言ったら、確実にその場で警察に突き出されるでしょう。
しかし驚くことにアメリカでは、”社会的有力者の息子は、試験の成績に関係なく合格させる”
ということが公式の制度として採用されているのです!
これを”レガシー(Legacy)”というのですが、
全合格者に占めるレガシーの割合は、なんと10~15%にものぼるというのですから驚きです。

2.マイノリティー制度
アメリカの大学では、何よりも多様性が重要視されます。
そしてその一環として、多くの大学がマイノリティー(少数民族)を優遇する制度を持っているのです。
制度の仕組みは簡単で、もし受験生が少数民族であれば、
試験の点をそこまで考慮せずに合格させるというものです。
これは逆に言えば白人が入試で不利になるということなのですが、
連邦最高裁判所は”人種を選考基準として取り入れて良い”と判決しているため、
この制度が廃止になることは当分ないようです。

他にもスポーツ入試や飛び級入試など、アメリカの大学入試は大学の”多様性”を増すことを第一に作られており、
入試の点数と同じくらい受験者の履歴書、志望理由書等を重視するそうです。
たとえ必死で勉強をして人よりいい成績をとっても必ずしも合格できるとは限らない入試制度が
はたして公正なのかどうか、日本人から見るとなんとも不思議な制度です。

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フランス
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さて、アメリカの制度は”勉強しても合格できるかわからない”制度でしたが、
ところ変わってフランスの制度はまた別の意味で変わっています。
なんと、「高卒資格を持った生徒は必ず全員大学に入学できる」という制度なのです。

この高卒資格は”バカロレア”と呼ばれており、ちゃんと試験もあります。
フランスでは「バカロレアを持っていなければ、将来スーパーのレジ打ちにしかなれない」という言い回しもあるそうで、
高校生が卒業にまでに必ず超えなくてはならないハードルのようです。
ただ、「高校を卒業すればどこの大学にも入学できる」というのは、日本の高校生にとっては羨ましい制度ではないでしょうか。
ちなみに導入は1808年、ナポレオンによるそうで、なんともフランスらしい伝統ある制度だそうです。

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その他、
中国      合格点に足りなかった点数に応じて追加で入学金を納付すれば、入学できる
イギリス    入学試験というものがなく、高校在学中に2年間かけて受ける複数のテストの成績で合否が決まる
スウェーデン  勤労経験が4年以上あれば、それに応じて点数が加算される

などなど。調べれば調べるほど、
”入試の点数だけ”で厳密に合否の判定を行っているのは世界で日本だけなのではないかと思えてきます。

いったいどんな大学入試制度が生徒のため、大学のため、社会のためになるのか。
これまであまり議論されたことのない問題ですが、
実は国のあり方に関わる非常に重要な事なのかもしれません。

(なんて偉そうなことを言ってしまいましたが、よく考えたら
もし入試制度がフランス式とかになったら我々家庭教師は失業ですね。
それ困るなぁ。)

初テスト

 7月は生徒さんに、私が担当し始めて最初の大きなテストがありました。私にとっても指導の成果が出るか楽しみでもあり、少し緊張するときでもあります。

 生徒さんもよい成績をとろうと、いつも以上に一生懸命アドバイスに耳を傾けてくださいますが、やや力が入りすぎているように見えました。

 「点数気にせんと、解けるものだけ解こう。まあ何とかなるよ!」試験前に緊張気味の生徒さんにいつも言う言葉です。私自身の経験からくる、心がけでもあります。

 「80点とるぞ!」と目標を決めると、普段の勉強のとてもよいモチベーションになります。しかし試験のときに意識しすぎると、問題が普段より難しいとき、80点取れない!と動揺する原因にもなります。多くの試験は相対評価です。他の人もとる問題をとり、皆とれない問題は落としてもよい。そういった割り切りもときには必要ですし、ちょっと気持ちを楽にします。

 そして、「まあ何とかなるよ」と気楽に構えます。準備が100%できたと思える人は少ないもの。でも頑張っていろいろ身に付けたのだから、うまくいくに決まってるとポジティブで臨めば、自然と結果もついてくるものです。

 

 

子どもの質問・疑問

子どもの質問や疑問にときどき驚かされることがある。

というのも、その質問がすごく「ものの本質」をついているからだ。

思えば自分は、案外長いこと、「そういうものだから」ということで

深く問わないできたものだと思ってしまう。

だからこそ、子どもの質問を聴いていると、

「あ~確かに、なんでなんやろ?」という気にさせられる。

だからこそ、子どもの質問にはやはり真面目に向き合うだけの

価値があるのだ、とこれまでにも多くの人が言っているところである。

ただ問題なのは、このような疑問が子どもから出される、その状況だ。

子どもはまさに「思いついたまま」に質問を並べ立てる。

そういう意味では、問いを立てる能力や不思議に思う力は、

子どもに特有なのかもしれない。でも、それが「思いつき」なだけに

その問い自体が、子どもにとって忘れ去られていることもまた事実である。

あるいは、問いを立て続けることで、今やるべき勉強から話を逸らせて

いるのかもしれない、など色々な状況が考えられる。

こちらが質問の本質性を認識し、それに応えようと努力しても、

当の本人は忘れているのでは、どうしようもない。

あるいは、子どもの問いが、根本的な問いであるだけに、高度な思考力を

要することだってある。だからそれにひとつひとつ丁寧に答えて、あるいは

答えにたどり着かせようとしても、小学生にとっては、あまりに難しすぎる

ことだってある。

こう考えてくると、子どもの質問や疑問というのは、まことに扱いづらい

と言わざるを得なくなる。それでも何が重要なのか、

何が今この状況において必要なのかを、指導する側が臨機応変に

取捨選択していかなくてはいけないのだろう。

そんなことを指導しながらつくづく感じてしまった。

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