1月2009年
昨日、大阪のある小学校の研究授業に行ってきました。
小学1年生の国語の授業でした。
今年定年のベテランの先生で、なかなか素敵な授業でした。
少しどんな授業だったか、紹介します☆
授業は基本的にある民話を読みすすめていくという感じでした。
1年生なので、一人ひとり音読するという活動が多かったです。
でも、それだけじゃなくて、ある子が音読したら、その子の音読のどこがよかったか、
他の子が手をあげて言うという形式をとっていました。
こういう評価があることで、自信がついたり、ここをこんな風にもっとうまく読もうとか思うのかなっと思いました。
あとは民話にでてくる糸車や障子の実物を見せて、
登場人物のおめんを子どもにつけて、
ある場面を劇として子どもに演じさせたりしてました。
登場人物を演じるのはとりあいでしたが(笑)
最終的には民話をもとに劇をする予定みたいです。
さらに、民話の中の1文をとりあげて、感じたこと・わからないことなど、自分なりの意見や印象を、
自分の言葉で表現させるというとりくみもありました。
『たぬきの目はどれくらいくりくりした目だったんだろう?』とか
それでこれも発表しあって、これに対してどう思うか発表していました。
小1やからきれいな文章の形で表現できないこともあるけど、
こうやって自分の感じたことを言葉にしていくのって大切なことだと思いました。
なかなか手をあげない子どもに対してのフォローなど難しいところはあるけれど、
いい授業だった思います。
全体の流れをうまくまとめながらも、子どもが主体となる場面が多かったところが一番よかったです。
2009年1月31日 |
キャンパス日記・雑記 |
tanachann(京大院教育)
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今月から家庭教師のお仕事をはじめました。
『どう教えたら、分かりやすいかなぁ。』とか、『この解き方が応用のきく解き方かなぁ。』と色々と手探り状態で指導しています。
今週の授業の時に生徒さんが、「先週の授業でやったとこの復習テスト96点でした!!」と報告をしてくれて、私もうれしかったです
ケアレスミスもあまり無かったようで何よりです。この調子でどんどん力を伸ばしていけたら良いな~。
毎回の授業後に、次回までの宿題範囲の確認をしたり、学校の話をしたりするのですが、大学生の春休みの長さを知り、生徒さんは、とってもうらやましがっています(笑)
2009年1月30日 |
家庭教師レポート |
miyomiyo(京大工化)
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先日理科1分野(物理・化学)の授業を行っていた時のことです。
その生徒さんは算数・数学に強い苦手意識を感じていて,掛け算や割り算はどうしても嫌だということを本人も常々言っていました。それ以前の授業で計算問題が出てきたときも,無理だと言って早々にあきらめてしまい手をつけようともしなかったので,今回も自分で解くのはきついかなあと思いながら横で見ていました。するとやはり本人は「うわ,これ数学やん」と言って嫌がります。普段は僕が「じゃあいっしょにやってみようか」と言って,解き方だけでも教えようとしていたのですがその日はいつもとは違いました。「できひんかもしれへんけどやってみるわ」と言って,自分で問題に取り組み始めたのです。横からちょこちょことヒントを出しながらではありましたが,何とか正解にたどり着くことができました。苦手にしていた計算問題を解くことができて本人も嬉しそうなそぶりは見せていましたが,僕も嬉しかったです。
自分にもおぼえがあるのですが,それまではできなかった問題が解けるようになると何とも言えない達成感があるものです。こういう経験を1つずつ積み重ねて,苦手意識を少しずつでも減らしていければと思います。
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家庭教師レポート |
MAS(京大院教育)
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お久しぶりです。じゃがバターです◎
今日は、私が京都大学で学んだことについて簡単に話したいと思います。前回の投稿では京都大学教育学部の特徴ついてお話しました(MASさんも教育学部について紹介をなさっているのでどうぞそちらも参考にしてください)。前回はどちらかという教育学部の全体的な学部像について触れましたが、今回は私が個人的に教育学部で、あるいは大学生活全般を通して何を学んだかについて書きたいと思います。
まず端的に話を始めれば、私は教育学部に入学してよかったと今思っています。いろんな要素が交じり合ってそんな風に思えているのですが、その要素の一つとして教育学部の先生方の行われる講義が魅力的であることをあげることができます。もちろんすべての講義がすべて面白かったのかと聞かれるとそうではないのですが、「あ、おもしろい」「このことについて議論してみたい」とこちらの純粋な好奇心を刺激して自分を内側から学びへと動機づけてくれるような講義と出会うことは少なからずありました。こうした感覚はとてもよいものです。また、そのことについて友達同士で「先生はああいってたけど実際のところどう思う?」などと雑談交じりの、冗談を織り込んだディスカッションをしたりもします。こういう時間はとても楽しいものです。それはたぶんこうした時間は、何か実際的なものの見返りを期待して行動を起こすのではなく、”それがおもしろいから”という動機で時間と労力を打ち込んでいるからではないでしょうか。自分のなしている行動が何らかの対価に見合うものだと意識してしまうとどうしても「あ、今これだけのことをしたから見返りはこんくらいね」と思ってしまいがちになってしまいません?つまり、つねに自分の仕事量をある種の基準でつねに計ってしまう。そしてその仕事量を図る主要な観念は時間ですよね。だから、実際的な見返りを期待した行動は時間意識から逃れることが難しいと思うんです。そういう行動はなかなか”楽しさ”には辿り着けない。楽しいことは”時間を忘れて”打ちこんでしまうものですよね。何かをなしていて”うっそ、もうこんなに時間たってるよ”って気づく経験が大事だと思うんです。
学生時代はこうした経験を一番得やすい時期だと思います。社会人になって働き出すと常に時間との関係で何かをなすことを求められるわけですし。そう思うとこれは贅沢な経験ですね。これから入学する生徒さんにも是非この贅沢な時間を味わってほしいと思います。”時間を忘れてしまう”ような活動を見つけて、それを大事にすること、そのためには自分自身の内側の感覚って見過ごさないようにすべきだと私は思っています
「自己の内的な動機づけを大切にせよ」これが教育学部に学んだことの一つです。
2009年1月29日 |
京大関連情報 |
じゃがバター(京大教育卒)
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教え子が無事志望中学に合格しました!!
といってもかなり前なのですが。
自己推薦で、作文と面接のみで、教科の試験はなかったのですが、
何はともあれほっとしました。
合格後も回数を減らして、授業を続けていく予定です。
こういうのもなんだか嬉しいものです。
受験のためという制約がない中、どう授業を進めていこうか、
思案中です。
勉強という面では、なかなかしんどい部分の多い子でした。
これからは、もっとこの子にあった題材でもって、思う存分、
考えることの楽しさや知る楽しさ、やればできるという喜びを
味わってもらえるようがんばりたいな。
勉強が得意な子もいれば苦手な子もいる。
でも、勉強苦手な子でも、こういう楽しさ・喜びを感じることって大切だと思う。
そのことは、子供を受身から主体にしうると思うので。
教え子の中学に入ってからの成長が楽しみでもあります。
中学生って精神的な面でも身体的な面でも大きく変わる時期だと思うので。
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家庭教師レポート |
tanachann(京大院教育)
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