教育学部で学んだことについて
お久しぶりです。じゃがバターです◎
今日は、私が京都大学で学んだことについて簡単に話したいと思います。前回の投稿では京都大学教育学部の特徴ついてお話しました(MASさんも教育学部について紹介をなさっているのでどうぞそちらも参考にしてください)。前回はどちらかという教育学部の全体的な学部像について触れましたが、今回は私が個人的に教育学部で、あるいは大学生活全般を通して何を学んだかについて書きたいと思います。
まず端的に話を始めれば、私は教育学部に入学してよかったと今思っています。いろんな要素が交じり合ってそんな風に思えているのですが、その要素の一つとして教育学部の先生方の行われる講義が魅力的であることをあげることができます。もちろんすべての講義がすべて面白かったのかと聞かれるとそうではないのですが、「あ、おもしろい」「このことについて議論してみたい」とこちらの純粋な好奇心を刺激して自分を内側から学びへと動機づけてくれるような講義と出会うことは少なからずありました。こうした感覚はとてもよいものです。また、そのことについて友達同士で「先生はああいってたけど実際のところどう思う?」などと雑談交じりの、冗談を織り込んだディスカッションをしたりもします。こういう時間はとても楽しいものです。それはたぶんこうした時間は、何か実際的なものの見返りを期待して行動を起こすのではなく、”それがおもしろいから”という動機で時間と労力を打ち込んでいるからではないでしょうか。自分のなしている行動が何らかの対価に見合うものだと意識してしまうとどうしても「あ、今これだけのことをしたから見返りはこんくらいね」と思ってしまいがちになってしまいません?つまり、つねに自分の仕事量をある種の基準でつねに計ってしまう。そしてその仕事量を図る主要な観念は時間ですよね。だから、実際的な見返りを期待した行動は時間意識から逃れることが難しいと思うんです。そういう行動はなかなか”楽しさ”には辿り着けない。楽しいことは”時間を忘れて”打ちこんでしまうものですよね。何かをなしていて”うっそ、もうこんなに時間たってるよ”って気づく経験が大事だと思うんです。
学生時代はこうした経験を一番得やすい時期だと思います。社会人になって働き出すと常に時間との関係で何かをなすことを求められるわけですし。そう思うとこれは贅沢な経験ですね。これから入学する生徒さんにも是非この贅沢な時間を味わってほしいと思います。”時間を忘れてしまう”ような活動を見つけて、それを大事にすること、そのためには自分自身の内側の感覚って見過ごさないようにすべきだと私は思っています
「自己の内的な動機づけを大切にせよ」これが教育学部に学んだことの一つです。
2009年1月29日 | 京大関連情報 | じゃがバター(京大教育卒) | コメント(1)
