情動のポイント
自閉症の方々は、(平均すると)「他者」より「モノ」に注意が行きがちだ、ということがさまざまな実験から言われています。それはなぜなのでしょうか?
まず、能力が欠けているのではありません。「こちらを見て!」といわれて、見ることはできます。ただ、ほかの人に比べて「自然に」見ることが少ない、ということのようです。
ヒトの赤ちゃんは、ただの「モノ」より、社会的なもの、つまり「他者」に自然と注意を向けやすいということが明らかになっています。自分の行動や表情に合わせて反応してくれる周囲の人々、それが「他者」です。ではなぜ、自然と「他者」に目が行くのでしょうか?
そのキーとなるのが、「情動」です。おそらく、赤ちゃんは、他者に注意を向けられ、関わりをもたれることが「快」なのではないでしょうか。「快」であると、自然とそれを求めて他者のほうに目が行く、また、「快」となる、また見る・・・というスパイラルがあって、そのコミュニケーションのなかで、赤ちゃんは言葉などを学習していくのでは、という見解が出されています。(脳で言うと、報酬系に関わる回路だと思われますが、発達分野での脳研究は制約が多く、詳しいことは分かっていません。)
「他者」より「モノ」に目が行きがちだ、ということは、自閉症の方々は、生まれつきこの「快」のポイントが少し異なっているのかもしれません。
もしそうであるのならば、例えば、それを無視して無理やりに「人の顔を見なさい!」と教えることが果たしていいことなのでしょうか?
もちろん、社会生活を営む上では重要なことです。けれど、私たちが感じるここちよさが、自閉症の方にとってのぎこちなさや不安であるのかもしれません。それをいつも強要されると・・・逆に、「不快」のスパイラルにはまってしまうことはないでしょうか。
私たちだって、人によって「ここちいい」と感じるポイントは違いますよね。外に出るのが好きな人、家で何かするのが好きな人・・・。自閉症の方の場合、それが社会生活全般に響いて、目だってしまう・・・そのようにとらえることができるかもしれません。
これらは、実際にかかわってみるとすぐにわかることだとも思います。認知科学の解釈が、ようやく追いついてきた、とも言えるかもしれませんね。
2009年11月29日 | 教育・受験関係の話題 | ku(京大教育) | コメント(1)