視線を支えるもの
この間、視覚トレーナーをされている方のお話を聞く機会がありました。
“良い眼”っていったいなんでしょう?その先生は、「良い眼とは、2つの眼が協調すること」とおっしゃっていました。人間の眼は、左と右、2つあります。2つあるのに像がバラバラに見えないのは、2つの眼が筋肉でつながっていて、その筋肉が2つの眼を協調させているからなのです。これはつまり、本来なら左と右それぞれの眼による見えがあるわけですが、それをひとつにしているので、実はすごーく“不自然”なことなのです。不自然だから、眼の中は圧力が高くて緊張状態。でも、脳は視覚のブレがないからよく働く。私たちが“自然”と感じているのは、脳の錯覚なのです。
当たり前のような話ですが、実はこの2つの眼をつなぎあわせるということに、「こころ」が大きくかかわっているのです。気持ちがゆったりしているときは、筋肉がほぐれてからだの緊張が緩みます。焦っているときは筋肉が緊張して、何をやってもからだがぎこちない、ってこと、よくありますよね。左右の眼をつなぐ筋肉も同じです。「見たくない」と思うとき、からだは縮こまり、筋肉は萎縮し、視線は落ち込みがちです。「見たい」と思うとき、体は伸びやかになり、筋肉は緩み、視線は遠くへ飛んでいきます。私たちの「見え」や視線を支えているものは、からだの自然なメカニズムだけではなくて、「こころ」も深くかかわっているのです。
自閉症の子とかかわっているとき、視線は合うのに「届いてこない」ということ、ありませんか?そこには、その子の「不安な気持ち」が潜んでいるのかもしれません。眼の中は高い圧力、筋肉は緊張してからだはこわばっている・・・大変な状態です。「ぼぉーっ」としているのではないのです。ともすれば見過ごされがちな視線のなかに、その子が今どんな状態なのか、多くのメッセージが詰まっているのかもしれません。視線を支えるもの、どんな「気持ち」なのか、しっかりと感じ取っていきたいものです。
2010年4月30日 | 教育・受験関係の話題 | えだ(京大教育) | コメント(1)