私の担当させていただいている生徒さんが
学校の週テストで99点/100点を取ったと自慢してくれました。
答案を見せてもらったところ、表の50問は全て正解、裏も49問正解で、たくさんの丸が並んでいました。
練習したノートも見せてくれたのですが、見開き2ページがほとんど余白がないほど真っ黒でした。
表一面に丸が並んだ答案用紙も、暗号のようにアルファベットが並んだノートも、見ていて非常に壮観で
自然と嬉しくなりました。お母様も喜んでおられましたし、友達は悔しがっていたそうですし、
学校の先生も非常に喜んでくださったそうです。
それを聞きふと思い出したのですが、
思えば、私も小学生の頃、テストで良い点を取ると親が喜んでくれたり友達が悔しがったり、その他
いろいろなことがあるのが嬉しくて、次も頑張ろうという気持ちになったものでした。
彼も今回のテストでそのような気持ちだったことと思います。
もともと頭はいいですし、小学校の頃は周りを喜ばせることが多かったはずです。
中学に入り周囲が優秀な中で自分の頭の良さをすっかり忘れていたでしょうが、
いい自信回復のきっかけになったのではないかと思った出来事でした。
2010年3月3日 |
家庭教師レポート |
goodteacher(阪大経済)
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現役高校生時代、ちょっと粋がって英語版ハリポタなんぞを一人で読んでみた事があります。
結果は・・・ボロボロでした。
文法が分からない、読解力がない、というレベルではなく
”そもそもこれって英語?”
なんて思うことがあった程分からなかったのです。
—
例えば、こんな一言。
I dunno watcha doin’.
初めて見たときはスペイン語?イタリア語?なんて本気で考えました。
—
ご存じの方も多いでしょうが、実際には上の文章の単語はどれも
日常会話・口語英語で非常によくみる表現なのです。
それぞれ、
dunno = don’t know
watcha = what are you
doin’ = doing
の略です。そう考えると、上の文は実はとっても初歩的な会話文だったことが分かります。
あとあと分かったことですが、
アメリカの方はほとんどの場合文章を全部発音しません。
日常会話なら、ほぼ必ずどこか略して発音します。困ったことに・・・
(ニュース番組ならリスニングできても、
映画は全然聞き取れなかったりする事があるのはこれのせいもあるのではないでしょうか。)
そこで、超頻出な表現を少しまとめたいと思います。
私が勝手に”これくらいは教科書に載っててもいいのでは?”と密かに思っている5語です。
(数が少なくて実用的じゃないですね…、ごめんなさい。)
–
kinda = kind of ~みたいな、ちょっと~ というニュアンス。下の表現とほぼ一緒
sorta = sort of 上とほぼ同義語
gotta = got to ~しなきゃいけない 下のgonnaとの聞き間違え注意!
gonna = going to いま~してるとこ、いまから~するの
wanna = want to ~したい
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2010年3月2日 |
家庭教師レポート, 教育・受験関係の話題 |
Mr.T(京大工物)
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家庭教師をはじめて、数か月が経過した。中学生(男)に数学を主に教えているのですが、毎回とても楽しみである。
私は、自由帳を持参して、彼の部屋に置いてもらっている。そこへ、毎回、様々な書きこみをして、彼も、お母様も、いつでも振り返られるようにしている。私も、いつ、どこを学んだかをそのノートで確認するようにしている。
彼が数学の問題を解いて行き詰っている時、どのタイミングで、どういう言葉をはさんでみようかと懸命に模索するライブ感が、私はたまらなく好きである。そして、それがうまくいった時、「そうか。」という自分で閃いたような眩しい反応をしてくれる。
数学は楽しい。時々こちらが思いもかけないような解法を、生徒のほうが編み出してしまう。また時々、難しい問題に、私も彼と一緒に躍起になって取り組んでみたりする。以前は先生だから、何でも軽々と解けるようにふるまおうとする自分が強かった。でも今はたまには、危うい自分を見せて、その中で、「まずい」という思いで必死な姿を見せるのも悪くないと思えている。
2010年3月1日 |
家庭教師レポート |
chappy(京大教育)
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京大生になって、あれから1年が経ちました。今月の25、26日は京大の入試がありました。高校入試も今月ありました。僕の生徒には受かってほしいですね。
京大入試の風物詩といえば・・・
そう、折田先生像。
折田先生像と言えば、毎年有名な作品における存在感ある脇役になって、吉田南の所に登場する像です。
今年はポケットモンスターのタケシだそうです。実は僕はあまり知らないです。
受験生は、これを見て京都大学の自由な学風を改めて感じてモチベーションがあがったり、これを見て入試の緊張がほぐれたという子もいたそうです。
この像に関しては、無断で誰かが置いているということで賛否両論あるそうですが、受験生にとっては先に述べた効果があって良いようです。
僕が受験生のとき、これを見たから受かったと言っても過言ではないと思います。
機会があれば、見に行ってみると良いとおもいます。
2010年2月28日 |
京大関連情報 |
mukkunj(京大工化)
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このごろ思います。
豊かな心を持つというのは、それだけ痛みも感じやすくなるということなんだろうなと。
豊かな心を持つということは、それだけ感情の振り幅が大きくなることで、まるでジェットコースターに乗っているようなものかもしれないなーなんて思ってみたり。
ちょっと話はズレますが、『博士の愛した数式』という映画で大好きなフレーズがあるんです。
「賢い心がたくさん詰まっていそうだ」
勉強ができるとか、物事を良く知っているとか、社会でうまく生きていけるとか、そう言った賢さじゃない。
「賢い」という言葉には温かみがあったんやなーって、このセリフで知りました。
ワタシも賢い心で生きていたいな。
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家庭教師レポート |
らび(臨床心理)
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