未知との遭遇

 生徒さんに授業をしていて思うことの一つに,やはり「未知のものを理解する」というのは大変なことだなあということがあります。消化酵素の働き一つとってみても,教える側にはすでに知っていることでもはや当たり前のことではあります。ただ生徒の側からしてみればそもそも名前も聞いたことのないものが想像もしなかった働きをするということで,大げさな言い方をすれば未知との遭遇ということになります。

 先日京大で行われたカール・E・ワイマンという科学者(2001年ノーベル賞受賞者)の講演の中で,これまでの大学での科学教育のモデルとして「教える側がその内容について十分理解する→教わる側に理解の仕方を伝える→分からなければもっと大きな声で再度伝える」というものが紹介されていました。もちろんこれには自虐的な冗談も含まれているのでしょうし,大学生への教育のモデルを中学生や高校生への教育モデルにそのまあもう要することには無理があると思います。ただ,自分が行っている授業が「もっと大きな声で再度伝える」ということをやっていないかということについて注意し直すきっかけにはなりました。

コメント

確かに教えるというのは難しい行為ですね。
よく知られたことですが、相手がまるで知らない対象を理解してもらうには、よく例え(たとえ)を使って説明します。
既に知っていることをうまく利用すれば、直感的にわかってもらうことができます。
先生の以前の報告書にもあったように、電流回路を水の流れに例えて説明することはまさにそれですね。
教えやすい例えがあったらまた教えてください!

2009年10月1日 | シリウススタッフ

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