子どもの質問・疑問

子どもの質問や疑問にときどき驚かされることがある。

というのも、その質問がすごく「ものの本質」をついているからだ。

思えば自分は、案外長いこと、「そういうものだから」ということで

深く問わないできたものだと思ってしまう。

だからこそ、子どもの質問を聴いていると、

「あ~確かに、なんでなんやろ?」という気にさせられる。

だからこそ、子どもの質問にはやはり真面目に向き合うだけの

価値があるのだ、とこれまでにも多くの人が言っているところである。

ただ問題なのは、このような疑問が子どもから出される、その状況だ。

子どもはまさに「思いついたまま」に質問を並べ立てる。

そういう意味では、問いを立てる能力や不思議に思う力は、

子どもに特有なのかもしれない。でも、それが「思いつき」なだけに

その問い自体が、子どもにとって忘れ去られていることもまた事実である。

あるいは、問いを立て続けることで、今やるべき勉強から話を逸らせて

いるのかもしれない、など色々な状況が考えられる。

こちらが質問の本質性を認識し、それに応えようと努力しても、

当の本人は忘れているのでは、どうしようもない。

あるいは、子どもの問いが、根本的な問いであるだけに、高度な思考力を

要することだってある。だからそれにひとつひとつ丁寧に答えて、あるいは

答えにたどり着かせようとしても、小学生にとっては、あまりに難しすぎる

ことだってある。

こう考えてくると、子どもの質問や疑問というのは、まことに扱いづらい

と言わざるを得なくなる。それでも何が重要なのか、

何が今この状況において必要なのかを、指導する側が臨機応変に

取捨選択していかなくてはいけないのだろう。

そんなことを指導しながらつくづく感じてしまった。

コメント

先生が担当するケースの場合、生徒の質問に対して2人で徹底的に考え抜いていくのもいいかもしれないですね。
外から与えられる勉強が「めんどくさい」というのなら、自分が発した問いくらいは一緒に考えていこうよ、という感じです。
学習に気が向くようになるまでは時間がかかるかもしれませんが、「考える力」が身につく授業となればいいなと思います。
(もちろん、そううまくいくとは思っていませんが。)
今後ともよろしくお願いします!

2010年7月27日 | シリウススタッフ

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