子どもの質問・疑問
子どもの質問や疑問にときどき驚かされることがある。
というのも、その質問がすごく「ものの本質」をついているからだ。
思えば自分は、案外長いこと、「そういうものだから」ということで
深く問わないできたものだと思ってしまう。
だからこそ、子どもの質問を聴いていると、
「あ~確かに、なんでなんやろ?」という気にさせられる。
だからこそ、子どもの質問にはやはり真面目に向き合うだけの
価値があるのだ、とこれまでにも多くの人が言っているところである。
ただ問題なのは、このような疑問が子どもから出される、その状況だ。
子どもはまさに「思いついたまま」に質問を並べ立てる。
そういう意味では、問いを立てる能力や不思議に思う力は、
子どもに特有なのかもしれない。でも、それが「思いつき」なだけに
その問い自体が、子どもにとって忘れ去られていることもまた事実である。
あるいは、問いを立て続けることで、今やるべき勉強から話を逸らせて
いるのかもしれない、など色々な状況が考えられる。
こちらが質問の本質性を認識し、それに応えようと努力しても、
当の本人は忘れているのでは、どうしようもない。
あるいは、子どもの問いが、根本的な問いであるだけに、高度な思考力を
要することだってある。だからそれにひとつひとつ丁寧に答えて、あるいは
答えにたどり着かせようとしても、小学生にとっては、あまりに難しすぎる
ことだってある。
こう考えてくると、子どもの質問や疑問というのは、まことに扱いづらい
と言わざるを得なくなる。それでも何が重要なのか、
何が今この状況において必要なのかを、指導する側が臨機応変に
取捨選択していかなくてはいけないのだろう。
そんなことを指導しながらつくづく感じてしまった。
2010年7月25日 | 家庭教師レポート, 教育・受験関係の話題 | kuriken(京大教育) | コメント(1)