自分が見ている世界は、実は他の人が見ているのと大なり小なり実は違っている。
毎回生徒さんと向き合う中で、
「ああ、この字はこの子にはこういう風にみえるのだな」とか
「この出来事はこういう風に感じられるのだな」などと、
見ている世界の違いに気づかされ、新しい発見をし、自分がそれまで見ていた世界を再考させられます。
その中で、私こそが、たくさんのことを教わっている気がします。
たとえまったく同じ世界は見えなくても、理解してその心によりそえるように、
自分の感覚をとぎすましながら生徒さんと向き合っていきたいと思います。
2010年10月2日 |
家庭教師レポート |
tutor076(京大院教育)
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生徒さんとの学習の前日、その生徒さんが出てくる夢で目覚めました。
いつも一緒に学習する内容を事前に準備するのですが、その日はたまたま準備を怠り、生徒さんがいる場でおいてあった問題集をコピーし、それをするものだから、指導はあやふや・・・すると、その生徒さんが突然猛獣になり、私は必死で逃げるけれども追いつかれ噛み潰される・・・ところで、目が覚めました。
夢って不思議です。意識はしていませんでしたが、もしかしたら、私の心のどこかで、生徒さんの姿を見失っていたところがあるのかもしれない・・・と、夢で自覚させられました。今までの指導の仕方を振り返り、これからの見通しをもう一度考え直す、とても良い機会になりました。
2010年6月30日 |
家庭教師レポート |
えだ(京大教育)
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子どもから「どうしてこんなひどいことするのだろう」と思うようなかかわりを受けたこと、ありませんか?
ボランティアや実習などでたびたび子どもとかかわってきて、まるで「全否定」を突きつけられたような一方的なかかわりを向けられたことがあります。そんなとき、受け入れなきゃと思いながらも、とても腹が立ったり怖かったり、なかなか自分の気持ちに収まりがつかず、次回が重たくのしかかることがありました。
「どうして」と思いながら気づいたことは、わたしはその子から「気持ちが離れている」ということでした。気持ちが離れているなら、相手は一方的にならざるを得ない。激しいかかわりを持たせてしまっていたのは、わたしのほうだと気づいたのです。
それからは、受け入れなければと思うばかりでなく、怖い気持ちや苛立ちなども全部、自分の気持ちを素直に認め、きちんとこたえていくようにすると、自然とキャッチボールができるようになりました。
自分の気持ちをありのまま感じとり、素直であること、そうすることで、相手との自然なかかわりが開かれていくのだと実感しました。
2010年1月29日 |
教育・受験関係の話題 |
えだ(京大教育)
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