えだ(京大教育) さんの投稿記事

お世話になったこと

3月で、シリウスを卒業することになりました。私が担当させていただいた生徒さんは2人でした。生徒さんやお母さまとのやりとりの一つ一つがいまの私を形作っているのだなぁという思いが、じんわりと広がっていくようです。はじめはどんな課題がいいのだろうとか、どうやったら分かってくれるのだろうとか、頭で考えるばかりでしたが、気付けば毎回、1回1回が、どうやったら私のほうへ気持ちを向けてくれるのか、その瞬間にすべてを傾けていたようにも思います・・・。未熟な私に大切な時間を与えてくださった生徒さんやご家族の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。そして、そのような機会を下さり、温かく見守ってくださったシリウスさん、本当に、ありがとうございました。

おだやかな時間

学習を介してかかわっていると、どうしても「ここまではやらなきゃ・・・」や「もうすぐ時間!」と、焦る気持ちから生徒さんにペースを押し付けてしまうこともあります。そんなときは自分自身もこころがはやり、生徒さんを見失ってしまっていたことに、あとからはっと気付く時があります。

学習を離れ、ぼんやりと生徒さんと過ごしているふとした瞬間に、「ここ、いたい」と、私の指を持って赤くなった鼻の下に持っていく生徒さんに気付き、「いま、おんなじ時間を過ごしているのだなぁ」と、確かに実感しました。

ふたりの間で共有されたものを見失わないよう、その瞬間をつかみたいと願うばかりです。

迷ったら、エネルギーの要るほうで

河合隼雄の本だったと思うのですが、ある人を目の前にして、自分がどのようなかかわりかたをするかで迷った時、「心のエネルギーの要るほうで」勝負する、ということが書いてありました。

家庭教師をしていると、子どもの「やりたくない!」という気持ちに直面することがよくあります。そんな時、「やるべきか、今日はやめるべきか・・・」と悩むのですが、“悩む”ことは心のエネルギーを使うことのようにも思います。「そんなこと言ってちゃだめだよ、勉強の時間なんだから!」と一方的に押し付けることや、「じゃぁやめようか」とすぐに引き下がることは、ある意味では“悩む”ことから逃れていると言えるかもしれません。どちらがいい、というのではなく、いまどうすべきかを、子どもさんとの関係のなかでひとつひとつ、悩みながら考えていけるようになりたいと思います。

発達を語ることば

先日、ある子どもの事例の検討会で、子どもの発達の様子を記述し、丁寧に語っておられるのですが、「なかなか子どもの姿が見えてこない」という指摘がありました。そこでの発達の様子を語ることばが「できる・できない」であったからです。

○○はできるようになった/○○はできない

これは、発達段階の指標にはなりますが、実際の子どもの様子がどのようなものなのか、その生き生きとした姿が浮かび上がってこないというものでした。

こんな遊びをしているときに、こんなことばを話して、こんな表情をして、こんな反応を返してくれて・・・日々の子どもとのかかわりあいは、「できる/できない」ではなく、かかわる私たちの心の動きも伴った、とてもダイナミックで繊細なものです。自分の心の動きも大切にしながら、子どもの様子を具体的に丁寧に感じ取り、生き生きと表現できるようなことばを語る目を持ちたいものです。

発達のちからを感じて

ボランティアでかかわっている子どもさんが、最近めまぐるしい発達の時期を迎えています。一緒にごっこ遊び(おままごと)をしたり、手を引いてくれるようになったり、言葉で伝えてくれることがあったり・・・

数ヶ月前までは、一緒にいるよってことを、私の存在を伝えることに一生懸命だったのに、いまは一緒にごっこ遊びができるなんて。。。目の前でどんどんと開かれていく遊びと、それをささえる関係の変化に、私のほうが付いていけない状態、驚きと感動で。

きっと、幼稚園の頃に誰もが自然とやっていたごっこ遊び。一緒に遊ぶなんて、私も誰かの遊びの世界に入っていけるなんて、当たり前のように感じていたように思います。いまあらためて、子どもがその段階になるのには、さまざまな成長が必要で、それらが整ったときに目に見える形で現れるのかもしれません。

一つ一つの発達のちからの尊さを、いま実感させてくれることに感謝しています。

2018年10月
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えだ(京大教育)
出身校は高松高校です。 学部は教育で、教育心理学系に所属しています。

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