1番センター(京大医) さんの投稿記事
1月限りで1年近く教えてきた生徒の指導は打ち切りとなりました。
まだまだ教えたいことはあったのですが、私の体力的な問題や都合上の問題で今が辞め時だったんだと思います。1年間見てきて学力は見違えるほど向上したし、この子なら大学受験も自分のおもうところに行けそうだなという気がしました。当時の私よりも格段にできる!!
次が高1で受験まで3年もあります。勉強ばかりじゃなく、部活だったり色んな行事に積極的に参加してほしいと思います。私は彼の高校のOBですが、部活はそこそこしていたものの、生徒会活動には全く参加しませんでした。それがほんとに心残りです・・・。なので彼には私が味わえなかった楽しみを味わってほしいです。
今まで本当にありがとうございました。
2012年2月2日 |
家庭教師レポート |
1番センター(京大医)
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さて2012年がスタートしたわけですが、僕の船出は大荒れといったところでしょうか。
新年早々年賀メールで薬理学の試験に落ちたことを先輩から知らされ、学業への不安がますます高まってまいりました。家庭教師という立場で自分が結果を出せていなかったら失格でしょう。大学、部活、バイトの全部をこなしていくことにはより一層の努力が必要なんだと体感しつつの一年の幕開けです。部活に至っては、今年幹部学年だし、しかも自分の学年は1人だけだし、そっちもしんどくなることは確実な状況です。僕は自分のキャパですべてを完璧にしようとするのは到底無理なことと分かっています。なにを犠牲にするのか答えを出さないといけない時だと感じられるこの頃です。
2012年1月2日 |
キャンパス日記・雑記 |
1番センター(京大医)
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野球部に属する自分として今年一年を振り返ってみようと思う。
今年一年、正確には去年の冬以降であるが、ケガとはきってもきれない関係であった。去年の冬に肩を負傷、数ヶ月ノースローを続けた結果、一応寛解するも、今年の夏に今度は肘を負傷、その痛みがひかぬまま現在に至る。
今年はモチベーションを維持するのが大変だった。
夏の大会で私の同回生の部員がやめてしまったのも辛かった。入部時は3人いた同回生も1人やめ2人やめと、ついには私だけになってしまったのだ。私ももうやめてしまおうと何度も思ったが、来年は幹部学年だし、それを全うするまでは続けようと思う。肘さえ治ってくれれば、夢だった投手として活躍できると自負している。今は治るのを信じて、ただ走りこむしかない。
2011年12月1日 |
キャンパス日記・雑記 |
1番センター(京大医)
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先日「薬病神」の一角「神経科学」の試験があった。
基礎系最難関の呼び名が高く、昨年は本試で100人中50人が不合格であったそうな。
私の代の本試では昨年の本試・追試と続けて落ちて、遂に栄えある「ファイナリスト」となった人たちも多く受けに来ていた。
「ファイナリスト」とはこの試験に落ちたら留年決定の方々のことを呼称している。
私も一発合格だけを目指して直前1週間は高3以来の気合の入りようだった。
そして問題を見た瞬間、
いける!
と思った。
問題6問、すべて記述式、試験時間は2時間、と来ると考えなければいけないのは「時間配分」である。
そう、それを考えなければいけなかったのに…
4問終了したとき、私は絶望を覚えた。
2011年11月1日 |
キャンパス日記・雑記 |
1番センター(京大医)
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医学部3回生の秋といえば、薬理学・病理学・神経科学という基礎系最難関のトリオとして医学部内ではみなが知っているところで、その頭文字をつなげて通称「薬病神」と言われています。
その初っ端として神経が9月のあたまから始まっており、9月30日には脳実習の口頭試問がありました。
実際の脳の献体を前にして1グループ6人が、先生からその脳について口頭で質問されるという形式なのですが、その緊張感は半端なかったです。。。
自分が質問されると、覚えたはずのことが緊張で全然思い出せず、つい見当はずれのことを答えてしまい、あぁ落ちたな・・・と落胆していたのですが、何とグループ全員合格にしてくださり、先生には本当に感謝しております。
しかし、薬病神はまだまだ続くのである・・・
2011年10月1日 |
キャンパス日記・雑記 |
1番センター(京大医)
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