kiki(京大法) さんの投稿記事

オリンピック

オリンピック真っ盛り!

法学部はまだテスト真っ盛りですが、テスト勉強でかなり遅くまで起きているのをいいことに、競泳や体操など、興味のある競技を休憩がてら見ることも(笑)

やはり日本人選手が活躍しているところを見るのは、自分の勉強がつらいときには励みになりますね。

そんななか、個人的に4年前のオリンピックと見方が変わったなと思うところがあります。

この大学に入ってからの4年間でたくさんの人との出会いがある中で、その友達からその国に対する色んな思いを聞いたりすると、母国に対する気持ちは、別に普段声に出していうことはなくても一緒なんやなとか当たり前ですが思ったりする機会があって、そうするとオリンピックを見ていても、みんな応援してはる人の想いとか背負ってやってはるんやからどの国の人もみんな頑張ってほしいなとか、体操や柔道とかの審判がかかわってくる協議で、たとえ判定が日本寄りに覆っても、素直に喜べたりはしなかったりとかするようになって(それでもやっぱりうれしいんですけど…笑)、日本人選手ばっかり応援してた4年前とは違うなーと思います。

世界平和とか言われても正直よくわからないけど、なんか身近な友達とか通じて、色んな国のこともっと好きになれたら、なんか個人的に世界の見方が、オリンピック以外のところでもっと変わってくるのかなとかもちょっぴり思いながら、そんな物思いにふける暇をもっと減らして、あと少しテスト勉強頑張りたいと思います!

ジュリアロバーツのかわいらしさ

突然ですが、私は洋画が好きです。

最近まで付き合っていた方の影響なのですが、ホラー以外はラブストーリー、アクション、ドキュメントなどジャンルを問わず、休日に映画の世界に浸るのが幸せだったりします。

最近見直したのが、かの有名なプリティーウーマンです。

リチャードギアもダンディーでほれぼれしますが、なんといってもジュリアロバーツのかわいさが半端じゃないんです。彼女が、娼婦時代の服を脱ぎ捨てて、きれいな衣装に身をつつみ、立派なお嬢様風に変わっていくシーンは、見ていてすごくウキウキします。プラダを着た悪魔も大好きな映画の一つですが、やはり女の子はかわいい衣装と、かわいいメイク、おしゃれな建物と、非現実的な(でも現実からかけ離れすぎてない風の)ストーリーが好きみたいですね!

最近はひたすらプリティーウーマンごっこがしたくてうずうずしています。

勉強やいろんなことがめんどくさくなったら、あたしはリチャードギアみたく車には乗れないので、自転車で繰り出して、かわいい男の子に声をかけて、1週間の逃避行にでるのもありかもしれません。

もし、実行したら、またブログでご報告しますね(笑)

東日本大地震をうけて

先月11日、東北地方で大きな地震が発生しました。

現時点で分かっているだけで一万三千人近くの方が、あの日あの瞬間に命を落とされました。

命を落とされた方の中には、私と同じ年頃の方や、もしくは私よりもうんと若い年頃の方々も含まれています。

当たり前にくると思っていた『明日』、かなえられなかった『またいつか』の約束がたくさんあったことを思うと無念でなりません。

なぜその人たちでならなかったのか、運命で片づけるには酷すぎて、怖すぎます。

愛されている人々に見守られながら、自分の終わるときを感じながら、静かに眠りにつくことができる人間は、本当はこの上なく強運で恵まれていて、そのような日がきっと来るとあたり前のように信じている私たちは、とんでもなく能天気なようにすら感じられます。

私がなんとなく生きている今日は、誰かがこの上なく生きたかった今日で、あたりまえのように来ると信じてやまない明日、いやつい数秒後の未来は、このブログを書いている私の上にも来るとは全く確約されていなくて、『眠いから明日やろう』と思っている勉強も、『今年こそは直そう』と思っている独りよがりな性格も、『いつかお金を貯めて連れていきたい』と思っている家族旅行も、あたしが当たり前に前提にしている明日、来年、数年先が来なければ実現されないかもしれない、実は実現される可能性はそこまで高くないのかもしれない、と、震災の日を境にますます強く思うようになりました。

『今日できることは、今日する。』

精一杯やりきって死んでいける人ばかりじゃなくて、残酷すぎる運命を誰も変えられないのだとしたら、、いつ来るかわからないその日のために唯一できることは、今も、そしてこれからもそれしかないのだと思います。

震災でなくなった方たちの思いを、私が頑張ることで少しでも報いることができるとはまったく思えませんが、あくまで今この瞬間を生きていられる人間の礼儀として、私にあたえれた時間、人生を精一杯歩んでいきたいと思います。

最後になりましたが、震災でなくなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、今なお被災地で、肌寒い夜を、とても不安な気持ちで過ごされている方々に心よりお見舞い申し上げます。

攻めること

私が進路を迷い始めて早2か月がたとうとしています。何を隠そう、先月のブログのタイトルも「進路について」でしたので、そのことからも私のこの2か月の悩みっぷりが透けて見えます。

それが最近自分の中で進むべき進路の方向性が見えてきたので、今回はそのことについて簡単にではありますが書かせていただきたいなと思います。

まず自分の進路について考えはじめて、最初に思ったことが、自分にはこの移り変わりの激しい現代社会を生き抜いていくにあたって必要不可欠に思われる柔軟性が圧倒的に欠落しているということでした。次々と進化するスマートフォンも、周囲の友達が暇さえあればいつもしているfacebookやmixiも、その他現代社会にあふれているありとあらゆるものが、あたしにとっては余分で不必要なものにしか見えず、そのような考えしか持てない自分は、これから先まだまだ長い人生をどのように生きていけばいいのか、精神的に滅入ってしまうことなく生きていけるのだろうかということを、本気で悩みました。(現代社会がいくら複雑怪奇であったとしても、生まれてきてしまったが最後、ほかの動物たちが本能的にそうであるように、人間も、人間だけに与えられた高度で知的な能力ゆえに生きることに対する飽くなき渇望をなくしてしまうことなく、与えられた命を全うしなければならない、というのがわたしのポリシーであります。)

そこで、最終的にたどり着いた答えが、社会がこれからどれだけ変化しようとも、人間が本質的に動物である限り変わらず必要とされ続ける仕事にわたしは就きたいというものでした。人間社会に太古の昔から存在し、今も変わらず存在し続けている仕事が、やはり一番人間にとって最も必要な職業であるのだと思うし、どんなに社会の些末な部分が変化しようとも変わらず人に求められてきた職業なら、柔軟性の極度に欠落した私でも、その仕事の価値を見失うことなく、自分自身も精神的に健やかに、続けていけるのではないのかと思えたのです。

残念ながら、その選択肢は今現在のわたしからは、環境的にも能力的にも、目指すことが困難であると一般的には思われるものです。しかし、どうせ目指す目標なら、それは険しく困難なもののほうが自らも大きく成長できるし、自分の強運をバカみたいに信じてみるのも悪くはない気がして、この選択肢に向かって突き進むことを決断しました。この選択が正解かどうかはまだわからないですが、転んでもただでは起きない覚悟で、目標に向かってまい進したいと思います。

さいごにわたしが昔から好きな言葉で、今回のブログを締めくくらせていただきたいと思います。

「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門 は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと 狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」(新約聖書「マタイによる福音書」7章13-14節)

ブログというよりただの決意表明みたいになってしまって申し訳ないです。

とりあえず頑張ります。

進路について

あたしは今二回生ですが、もうあと二ヶ月弱で三回生になります。

これからの進路のことで非常に考えこむ時間が多くなってきました。

京大生であること、法学部生であること、女性であること、日本人であること、などいろいろ考慮に入れなければならないことも多く、何がしたいのか、何ができるのか、何を優先して、何を妥協するのか、学生の間にしなければならないことは何なのか、これからどのような人生を歩いていきたいのか、など、これまでただなんとなく勉強が好きで、大学にまで来てしまったあたしにとっては、考えなければならないことが多すぎて、てんてこまいな毎日です。

『按ずるより生むが安し』であることを祈りつつ、社会の波に押しつぶされないように、一歩一歩歩んで行って、『精一杯頑張ったら、後は成り行き任せ』だと、早く腹がくくれるようになりたいです。

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kiki(京大法)
京都大学法学部に在籍しています。 出身高校は神戸女学院です。 受験の際は数学と国語が得意科目でした。 数学や英語などを、担当の生徒さんにわかりやすく楽しく教えることを目標に頑張っています。

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