akst(京大院人環) さんの投稿記事

研究

新年度になりました。

生徒は二人とも進級です。学校が変わったわけではないので、大きな環境の変化はなさそうです。

一方私のほうはこの4月から大学院生になります。こちらもさほど大きな環境の変化はないのですが、少し意識が違ってきているかな、と思いつつあります。

 

先日、「大学院生は、学部生とはちょっと違うからね、プロとして頑張ってください。」という言葉を指導していただいている先生からかけられました。

また、先輩から掛けられる「~くん、研究の進捗はどう?」という言葉も耳に残ります。

研究は、どうやら勉強とは違うことのようです。

これまで、自分は勉強不足だと思っていました。自分の興味のありそうな分野についても浅学で、広い知識がない。だから、細かく「これだ!」というテーマが定まっていかないし、卒業論文を書くにもあれだけ手間がかかったのだろう、とか思っていたのです。

しかし、大学院は研究の場であって、ひよっこながら研究のプロとして取り組むことが求められます。研究者である先生が、例えばある分野について博学的な知識があって「すごい、よく勉強している・・・」と思ったとしても、それは勉強しようと思って勉強した知識ではなく、研究のプロセスの中で必要があって、その時に勉強して得た知識。あくまでも主眼はその先の研究にあります。もちろん勉強しようという意識は必要なんですが・・・なんと説明するといいのかな。

研究と勉強の違い、私にはまだはっきりとは分からないですが、何か先の目的を見据えてじっくり進まなくてはならない。

気持ちを切り替えてやっていかなくては。

 

生徒にも、私の学習に対する気持ちの切り替わり具合が伝わるといいんですが・・・

伝えるということ

 

教えるということは、伝えることです。

私は趣味で楽器を弾きますが、これも全く同じことで、自分の伝えたいものが相手に伝わるかどうかがもっとも大切です。相手の感情を0から1に動かすことが出来れば、自分の気持ちが0から1に動く必要はありません。表現するという立場はそういったもので、常に結果の方に優先的に注目する必要があります。

とはいえ、自分の気持ちが0のままで相手だけ0から1に動くということはありえないですから、自分の中の変化の量と、相手の感じたであろう変化の量を照らし合わせて、新しいスケール感を磨く必要があります。

 

発言は自分の心に落ち着いた言葉を、相手に伝わっていくところまできちんと見据えて、話さなければ、うまく伝わらないかもしれませんし、向上は望めないと思います。特に、普段の会話の場よりも、勉強の指導という場では、意見を発信する立場はどちらかに寄りがちです。しかし、「あれ、これで分かるはずなんだけどな」なんて思って同じことを繰り返すべきではありません。常に変化することが向上を呼び込みます。

 

人に伝えるということは難しいことで、誰にでもすぐにできるものではありませんが、真摯に感覚を磨きたいと思います。伝えるということは示すことではなく、共有することです。

まじめに人と向き合う一時間半、私も教えてもらっている気分です。

新年ですね。

明けましておめでとうございます。

昨年度から指導を始めましたが、指導先のご家庭の方には非常に良くして頂き、とても環境に恵まれたな、と思っています。

冬休みの期間中には、ご家庭の方に、私個人のサークルでの活動を見に来ていただく機会もありました。

友人の前で先生と呼ばれるのは少し恥ずかしくもありましたが、これほどまで親しくして頂けて、本当にありがたいと感じました。

 

今年は昨年より一層ご家庭の方の期待に沿えるよう努力していく所存です。

11月です

10月のひとつきのうちにずいぶん肌寒くなりましたね。

京都の冬は非常に寒いです。気温はこのままころりころりと落ちていって、あっというまに一桁になってしまいます。

 

この11月の一月は、ちょうど雲の切れ目のような時期です。清々しく、紅葉など非常に美しい風景が見ることもできます。

 

朝の授業がない日にでも、早起きして自転車で少し足を伸ばし、ゆっくりどこかの神社で本でも読んだり。

神社やお寺といった場所は、その場所に実際訪れて感じる独特の澄んだ空気があります。

少し冷えた、この時期の澄んだ空気と相まって、妙に集中して本が読み進むか。それとも心地よい日差しにうとうとしてしまうか。

 

どちらにしても、なんと満たされた一日になることか、請け合いです。

ご褒美に、帰りしな、お団子でも食べればなおさらですね。

真摯さ

京大の前期の試験も終わりつつありますね、つい気が抜けたのか風邪をひいてしまい、私は今布団の中です。

 

7月から生徒さんを受け持ち始めました。

これまでも塾や個別指導で経験はつんできたのですが、今回は兄妹を受け持つことになり、私としても始めての感触でした。

ご家庭のかたも非常に優しく、なんだか親戚の家で甥っこや姪っこを教えているようで、非常に居心地が良いです。

 

兄妹も仲良しなので、二人一緒に見ているとつい弟君がちょっかいをかけ始めます。

思った範囲まで進めず、仕方がないのでそのまま残ってもう少し教える、ということもしばしば。

仲良くなれてはきたのですが、まだ取り扱いは十分でないので、私も反省しきりです。

 

私としては、家庭教師はやはり家庭に入り込む存在なので、それこそ出来る限り真摯にというのが大切だと思っています。

勉強は良い環境においてより効果を発揮すると思いますが、特に家庭教師においては、たとえば塾のように、帰る先と指導の現場で場所を移すことがありません。

だから、家庭教師は、家の雰囲気と指導の雰囲気をどちらも持って、時に応じて使い分けることが求められます。

完全に塾のようには教えられません。より親身な真摯さが求められると思っています。

 

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